幻想の中のきみなんていらないのに
・・・随分と冷え込んできた。
羽ペンを持つ手がかじかんで、筆跡にわずかな乱れが生じていた。
薄いローブにくるまれただけの体がぶるっと震える。
リーマスは杖を一振りして、暖炉に火をつけた。
一気に火が燃えさかり、部屋の温度が急に上がる。
通信手段、或いは通行手段としては非常に便利な暖炉だが、
暖房器具としては微妙な温度調節が難しいのもまた事実である。
リーマスは椅子から立ち上がり、熱くなった頬を水滴で曇る窓ガラスに押し当てた。
指先でガラスを拭い、外の景色を覗く。
曇りガラスを見ると水滴を拭わずにはいられない、子供の頃からの癖だといまさらのように気づく。
「・・・・・・雪、だ。」
思わず出した声が、窓のガラスを少し震わせる。
鉛色の空から、ふんわりとした羽のような雪が軽やかに舞い降りていた。
深く積もる雪ではないけれど、長い冬を告げる使者のような雪。
あの日も・・・。
長年慣れ親しんだ幻影を拒絶するかのように、リーマスは窓に背を向けた。
顔を手で覆い、窓ガラスにもたれかかれば、外気の冷たさが背中に容赦なく突き刺さる。
振り払うことができないことなど、嫌というほどわかっている。
でもせめて、雪に背中を向けることでささやかな抵抗を示したい。
あの雪の日−−−。
* * * * * * * * * * * * * * *
「あれ・・・?」
気が付けば全く知らない家並みが開けている。
「こっちの方だと思ったんだけどな・・・」
ジェームズが「新しい隠れ場所を発見したから行くぞ!」と言い出し、
ホグズミードから4人で歩いてきた・・・はずだった。
一番後ろを歩いていたリーマスは、ハニーデュークスの戦利品をとり落とし、
慌てて拾い集めている間に他の3人を見失ってしまったのだ。
「確か、右に曲がっていったと思ったのに・・・」
この先はもう家並みも途切れ、黒い森が口を開けている。
一人で森に分け入るのはやはり危険だ。
リーマスは少し途方にくれて、立ち止まった。
冷え込む空気にコートの前をかき合わせる。
と、何か冷たいものが頬に触れた。
「雪だ。」
気が付けば、重く垂れ込めた雲から、ちらちらと雪が降ってきていた。
見る間に足元の石畳を濡らし、そしてうっすらと白く染め上げていく。
雪降る森に入っていくわけにはいかない。
一旦、ホグズミードへ戻ろう。
そう決めて、リーマスは元来た道を戻ろうと、振り向いた。
「迷子めっけ。」
目の前にはシリウスが笑いながら立っていた。
「お前、どこで道間違えたわけ? 振り向いたら消えてたからビックリしたよ。」
「探しに来てくれたの?」
「・・・まあな。ジェームズとピーターには先行ってもらったから、オレたちも行こう。」
うん、とうなずこうとしたが、寒さで思わず身震いしてしまう。
「ムーニー、寒いのか?」
問いかけたかと思うと、シリウスはリーマスに近づき、凍えた体を抱き寄せた。
・・・肩が暖かい。
「シリウス・・・?」
「こうすると暖まるだろ。」
はぁーっ、とコートの上からリーマスの肩に口を当てて息をふきかけながらシリウスは言った。
彼の言葉が息と共に耳に当たり、なんだか別の熱さに変わる。
シリウスに抱きしめられているという事実に、胸がずきんとした。
これはいつもの冗談なのだろうか、それとも・・・。
「シリウス、このままだと二人共雪だるまになっちゃうから、行こう。」
やっとの思いで声を出す。 いつもと同じように、普通に喋れただろうか?
「ああ・・・。もう寒くないか? 歩けるか?」
シリウスに顔を覗き込まれて、また胸が痛む。
「うん、大丈夫。シリウスが暖めてくれたから。」
精一杯の笑顔を返す。
「じゃ、行こう。」
シリウスはリーマスの手をとって、同じように息を吹きかけて温めてからその手を握った。
そしてリーマスの顔も見ずに、手を引いて歩き出す。
「・・・なんでもないヤツにはしないから・・・」
雪に交じって聞こえてくる微かな言葉に、リーマスは返事をしなかった。
ただ少しだけ、握る手に力をこめてみた。
雪の中でそこだけが不思議に暖かい気がした。
* * * * * * * * * * * * * * *
頬に冷たいものが流れるのを感じて、急いで手の甲で拭い、リーマスは顔を上げた。
ふっと深呼吸をしてから、口の端に微笑を浮かべた、いつもの顔に戻す。
幻想に縋るほど、わたしも若くはない。
実際、きみの姿もかなりおぼろげになってきている気がするよ。
このまま雪のように溶けて消えてしまえば・・・ いっそ楽なのだろうか。
それとも、苦痛なのだろうか。
肩に回された腕の重みが甦るのを、首を振って押しとどめる。
彼はやはりまだホグワーツの近くにいるのだろうか。
修辞的疑問形に過ぎないことをリーマスは知っていた。
彼は近くにいる。わたしには・・・わかっている。
証拠はなくとも、ただわかるんだ。
シリウス。
旧友からの頼み事など聞きはしないとわかってはいるけれど、
絶対にわたしの前に、ハリーの前に現れないで欲しい。
甘い幻想に浸って苦い涙を浮かべる方が、
この手できみを殺すよりは耐えやすいと思うから。
きみが現れれば、そのときこそ
わたしはこの記憶にとどめをささなくてはならない。
たとえ、どんなに苦痛を伴うとしても。
「コツコツ」
「どうぞ」
ノックの音に笑顔で返事をする。
「ルーピン先生? ちょっとよろしいかしら。」
ドアが細めに開いて、マクゴナガル先生が顔を覗かせた。
「ええ、どうぞ。何もないところですが、どうぞお入りになってください。」
一層の笑顔を浮かべて、ドアへと向かう。
わたしの世界はここにある。
滲みもしなければ揺るぎもしない、わたしの日常。
幻想の中のきみなんていらない。
消えていくべき思い出なんて、もういらない。
〜fin〜
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あくしあ様からの頂きもの小説!!
初めて小説いただいてしまいました〜しかも大好きな作家さんっ!!
嬉しくてしょうがないですよ、わーいv(*´Д`)ノ
「ルーピン先生ホグワーツ在任中の初冬」という設定で、
しかも私の絵を見て書いてくださったストーリーだそうで、なんともありがたいです!!
危うい均衡の現実と過去の幸せだった思い出との境界がふと薄れるとき、
ルーピン先生はものすごいジレンマに苛まされ・・・・・・。
しっとりした雰囲気と先生の辛い思いと、シリウスとの光りあるやりとりが魅力的!!
自分を見つけてくれたシリウス、暖めてくれたシリウス(!vv)、
さりげない愛ある言葉をくれるシリウス(///´▽`///)・・・ツボりまくりですvv
思わず涙が浮かんできます、、、。
あくしあさん、素敵な小説ありがとうございましたっ!